125.シュミレーション --------------------



「谷は多分あっちの方に逃げたと思う。」
無表情のまま付いてくる岩隈に、和田は集落とは反対方向を指さした。
「集落の方から来た俺とすれ違わなかったからな…」
「谷さんは…僕を許してくれるでしょうか…」
無表情のままではあるが、何とか会話が成立するだけでもありがたい。
和田は笑いながら岩隈の肩を叩く。
「…大丈夫だよ。…なあ、夢ってさ、目が覚めてみたらそりゃそんな事、
現実でありえないよなって思うものだろ?でも夢の中ではそれが気がつかない…」
本当にそうならばどれだけいいか。朝、目が覚めて、酷い夢をみたものだと
思うことができればどれだけいいか…
「そうですよね…朝、目が覚めたら酷い夢見たって驚くでしょうね。
僕、目を覚ましたら真っ先にまどか…うちの奥さんに話すんだ。
選手同士で殺し合いしたんだ、僕は谷さんを撃ってしまったんだって…
あ、和田さんは良い人だったって言いますよ。」
和田はただにこやかに頷くだけであった。
たとえ岩隈が尋常でないとしてもきっと今は少しは心穏やかな筈だ。
「ついでに結構男前だったって美人のかみさんに言ってくれよ。」
「……」
「なんでそこで黙るんだよ!」
尋常ではないにも関わらず、そういう判断はつくものかと思うとなにやら悲しくもあり、おかしくもある。
「さて、と……まずどこに行きゃいいかな。」
地図を懐中電灯で照らしながら、和田は唸る。
闇夜にまぎれてひっそりと尾行する「死神」に気がつく様子もなく。

(ありゃりゃ、岩隈の奴、本当にイカれちゃってんだ。)
足音立てずに後を追う岩瀬は、聞こえてくる会話に苦笑する。
(追いつめたら夢だ何だってもっとイカれるのかな?)
想像すると思わず吹き出してしまいそうになり、辛うじて堪えた。
(和田さんも岩隈に合わせて男前だったって言ってくれよって…
何を必死合わせて…ああ、駄目だ、笑っちゃいけない…)
岩隈に必死になって合わせるその気持ちを考えると面白かった。
(ヤベェ…何か別のこと考えないと…そうだな、和田さんは良い人だな。)
イカれた岩隈相手に気を使い、合わせる和田は間違いなく善人だろう。
その善人を追いつめる…岩瀬は頭の中でシュミレーションする。
(やめろ、目を覚ませって怒ったり、ショック受けたりするんだろうな…
ま、月並みな反応だけど、オーソドックスなのも抑えとかないとな。)
岩隈の方が面白いリアクションをしてくれるかもな…
二人はまだあれこれ愉快な会話をしているようだが、
吹き出してしまってはお終いなので、あえて聞かないように後を追う。
(狂人も善人も悪くないけど…やっぱ悪人もいいな。誰でも構わず容赦なく
殺そうとする奴とか。そういう奴って必死に殺意向けてくるか、
頭使って計算したりするんだろうな…)
そういう奴を追いつめ、この日本刀で叩き斬る…
一体どんな死闘を繰り広げる事となるのだろうか。
そう考えると、得もしれぬ高揚感が沸いてきて…思わず岩瀬は身震いした。
(あー、でも星野さんが言ってたっけ。メジャー行きたそうな奴や、
高額所得者を狙えって…岩隈や和田さんはどうなのかな?)
誰がメジャーに行きたいか、高額所得者かなどあまり興味無い事であり、
分からないゆえに誰を狙えばいいかなど分からなかった。
(そう、俺はそういうの分からないんだよね。)
岩瀬はニヤリと笑う。メジャー志望や高額所得者がどうのと考えるのはつまらない。
こいつは追いつめたらこういうリアクションするか?と考えるのが面白い。

前を歩く狂人と善人はどれだけ楽しませてくれるか…
または途中でもっと楽しませてくれそうな者が現れるか…

もう一度岩瀬はその身を高揚で震わせる。今すぐ行動に移してもいいが、
今はまだこの心躍るシュミレーションを楽しもう。
気がつかれてしまってはお終いだ。心持ち岩瀬は二人からさらに離れるように速度を緩めて後を追うのであった。

【岩隈久志(20) 和田一浩(55) 岩瀬仁紀(13) E−3】




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