124.価値観が違う理由 --------------------



診察室で清水は一人遅めの夕食をとっていた。
頼りない懐中電灯の光に照らされる、夕食というにはあまりに簡素な食事。
ろくに味のしない固いパンと、ただ喉を潤すだけの飲料水。
(…災害にあったらこんな感じなんかな?)
何処からか吹く微かな隙間風が掠め取るように体温を奪っていく。
暗闇の中での食事は、一人ではとても耐え切れなかっただろう。
孤独でなかった事が何よりの救いだ。パンを口に運びながら清水は思った。

「…何や…やけに遅い夕食やん?」

診療室に聞き覚えのある声と共に新たな光が差し込む。
清水は眩しさに目を細めつつ、懐中電灯を手に取って光を照らし返す。
光の持ち主が判明すると清水は口元を緩めた。
「昨日の料理に比べてかなり味気ないけどな。」
「こんな時にあんな料理出てこられても味わえへん。」
寝ている間に二人の来客があった事は小林から聞いた。
上原と松坂。それぞれのリーグを支える投手の来訪は、とても心強かった。
上原は少し疲れているように見えるものの、怪我はなさそうだ。
「お前はもうメシ済ませたん?」
「ん?あー…ここに来る前に歩きながら。」
「行儀悪いな。」
清水は呆れたような笑みを浮かべる。笑ったのは久々な気がした。
(何か、上原と話すの久々な感じがするな。松坂とは雅やんと交代する時に会話したけど…。)
昨夜の宴会からそう時間は経っていないはずなのに、何ヶ月ぶりかの再会のような感覚。
この島に下りてから時が流れるのがとても遅く感じていた。
(…笑いあえるって、事はこんなに楽しい事やったんやな…。)
地獄に突き落とされてまだ1日も経っていないというのに、もう何もかもが懐かしく思う。
「そうや、ナオ…お前にちょっと聞きたい事あんねんけど…。
 小林さん起こしたら悪いし、別のところで話そか?」
上原は先ほど清水が寝ていた診療台の上で寝ている小林に目を向けると小さな声で囁いた。
小林は余程疲れていたのだろう。寝て十数分も経たない頃から酷い鼾が室内に響き始めた。
いつも冷静で頼りがいのある守護神も、人間なのだ。これ以上気負わせてはいけない。
上原の提案に清水は何の疑問も持たずに頷き、部屋を出る上原の後に続いた。


診療室から少し離れた待合室の方に場所を移すと、上原は古びたソファに座った。
短い話なら座る必要も無い、と思った清水はソファの横に立ちながら上原の言葉を待つ。
「…なあナオ、お前の武器って何や?」
「俺の武器?…これ。ブローニング何たらって銃。」
何の警戒も無く武器を曝け出す。できる事なら最後まで使いたくない武器。
「…けったいなモン持っとるなぁ…暴発させんなや?」
清水が右手で銃をしまう動作を見ながら上原は怪訝そうに呟く。
「こんなもん暴発させられへんって。あ、お前の武器は?」
「俺は何の変哲も無い鎌や。…あ、小林さんの武器って何や?」
「…雅やん?…あれ?何持っとるんやったかな………?」
清水の答えに上原は驚きを隠せなかった。
「…お前のん気やなぁ。一緒におる奴の武器位気にしとけや。寝首かかれても知らんで?」
「仲間疑ったって、しょうがないやん。」
「…仲間て…仲のいい同僚に過ぎんやろ?」
そんな事ない、と言おうとする清水の言葉より先に上原は厳しい声で言い捨てた。
「……もう、3人も死んどんねんぞ。」

机の上に置いた懐中電灯をいじりながら吐いた言葉は清水の表情を一気に曇らせる。
「そうやな…。」
「誰が誰を殺したんやろな…?」
「自殺かもしれんやろ?人を疑うのは良くないと思うわ。」
殺人だと決め付けたような上原の言い方に、清水は思わず反論する。
小笠原のように自ら死へ向かおうとする人間もいるのだ。
数時間前に知った悲しい事実を思い出し、清水の心に再び暗い靄が漂う。
「俺はそんなん考えられへんなぁ…。俺、こんな所で死にたないもん。」
「仲間達が殺し合う方が考えられへんよ、俺は。」
「あ、そ…じゃあそう思っておけばええんとちゃう?」
上原は不機嫌そうに言いながらソファから立ち上がり、窓の方に足を向けた。
「…俺だって、死にたくない。生きて帰りたい。」
清水の言葉はきっとこの島にいる誰もが思っている事であろう。
もう死んでしまった選手達だって、そう思っていたに違いないのだ。
「生きて帰って…チームを優勝させたい…。」
「いつになんねん、それ。」
上原の笑いに嘲笑が込められているのを清水は感じ取った。
無理もない。ロッテはもう30年もの間、優勝から遠ざかっている。
30年。確立で考えてもそれは少々信じがたい数字である。
それでも清水は力の篭った目で上原を凝視する。その必死な形相に上原もたじろぐ。
「俺、今年は優勝できる気がするんや。そんな気がする。せやから…」
「……何処の選手も毎年同じ様な事言うとるけど。」
「毎年考えるんだよ。今年優勝したら何年ぶりの…って。」
「………ま、頑張っとればそのうち優勝できるやろ。」
楽しい夢を語るように表情を緩ませる清水に、上原は気の無い相槌を返す。
そのあまりにも無関心な反応に、清水は何故か見下されたような思いを感じた。
それは何故か直ぐに理解した清水の拳に、異常なまでに力が篭る。

(…日本一を2回も経験しとるお前には…興味無い話やよな。)

思い出したのだ。目の前の男は明らかに自分とは異質の存在であった事を。
同じ年に生まれて、同じ様にエースと呼ばれる右投手。
なのに何故自分は優勝できない?何故彼は2度も日本一に輝いているのだろう?
自分達を区別するものは何だろう?環境が最大の要因だと分かってはいるが。
その他にも…性格…才能…実力…要因が次から次へと痛々しい靄となり心に渦巻く。
総称するなら、それは劣等感。嫉妬。きっといつまでも晴れる事のない闇の感情。

(どうして俺らは優勝できへんのかなぁ…?俺らだって必死に頑張っとるのに…。)

一度も優勝経験の無いまま引退していく先輩達。徐々に短くなる自分の選手生命。
簡単に優勝できた人間が羨ましいと思う事は、けして卑しい事ではないだろう。
時が経つにつれて遠い夢の様に思える優勝の二文字。
足掻けば足掻くほど遠ざかっていく気がした。それでも足掻く事でしか優勝には近づけない。

「…お前には優勝した事ない奴の気持ちなんてわからへんよな。」
上原は震える小声で小さく呟いた清水に振り返る。だが特に気を悪くした様子はなかった。
聞こえてたのか聞こえてなかったのか。どちらにしろ何が変わるという訳でもないのだが。
「……俺、そろそろ戻るわ。」
何となく気まずい雰囲気に耐えられなくなった清水は診療室へ戻ろうと上原に背を向けて歩き出す。
「あ、そや。」
だがその途中で清水はある事を思い出した。振り返ろうと足を止める。

「上原、雅やんの武…」

話題を替えるきっかけにしようとした言葉は、最後まで紡がれなかった。
首に突き刺さった何かが、清水の言葉を強制的に止めたのだ。

「お前も…」
清水が手に持っていた懐中電灯が床に落ち、反動で跳ね返った光が一瞬だけ上原の顔を照らす。

誰も見た事が無い上原の表情が、そこにはあった。

「お前も、優勝した事ある奴の気持ちなんてわからへんやろ?」

首に突き刺さった何かが乱暴に引き抜かれ、清水の首から生温かい液状の何かが勢いよく吹き出す。
抑える手がどんどんその液体に塗れていくのを感じながら、清水はその場に膝を付いて倒れこんだ。


【清水直行(11) 上原浩治(19) G−4】




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