120.もうひとつのBR --------------------



「今死ぬか、後で死ぬか。どちらにしますか?」

挑戦的な笑みを浮かべながら、男はそう告げた。
その男の目前にいるのは唖然とした表情の男と怒りに打ち震える男が一人ずつ。
煌びやかな豪華客船の一室でアテネ五輪野球日本代表コーチ陣―――中畑清、大野豊、そして高木豊は顔をつき合わせていた。

「・・・・・何だいきなり。」
「だから今死ぬか後で死ぬか聞いてるんですよ。」

何でもう一度聞くんですかと言わんばかりの高木の態度に中畑は丸くした目を細めずにはいられなかった。
しかし、大野は黙り込んだままじっと高木を見据えていた。
そんな大野に気付いたのか、高木はようやく本題に入ることにしたようだった。
高木は手元に椅子を引き寄せると、立ち上がっていた二人もそれぞれ元々腰掛けていたところに座った。

「まぁ最初からこれを話さなかった僕が悪いんですけどね。
船の中を色々見て回ってたら人が最初に比べて少なくなった気がするんですよ。」
「能書きはいいから早く話せ。」

それまで沈黙を保っていた大野が言葉の節々に怒りを込めながら口を開く。
せっかちですね、と呟きつつも高木は少し言葉を考えた後、こう二人に言い放った。

「星野さんと渡辺さんを潰せば、ゲームが立ち行かなくなると思うんです。
だから僕らで潰しませんか?」

中畑は再び唖然とした表情を浮かべ、大野はぴくりと眉を動かした。
その後も高木はなぜ自分がそう思うに至ったか、時折考えながら話し続けた。
高木の目の前に座っている二人の内、中畑は真剣な面持ちで聞いていたが大野は話半分に聞いていた。
―――信用ならない、高木だけは。
数時間前の、あのメインシアターでの出来事が大野の心には深く高木への不信感を根付かせていた。
どうせこの話だって、渡辺かもしくは星野の入れ知恵に過ぎない。高木は―――敵だ。

そして高木の話が終わり、黙り込んでいる大野とは対照的に中畑は嬉しそうに顔を緩ませた。
―――そうか、俺達が選手を助ければいいんだ!
数分前の落ち込んだ気持ちはどこへ飛んでいったやら、中畑は高木の話を聞いてにわかに明るくなった。
待っていてくれみんな、俺達が絶対に助けてやる。選手を守るのが―――コーチの仕事だ。

「で、何か質問とかありますか?」

二人の相反する表情を見つめながら、高木はそう尋ねた。
ないと首を横に振る中畑に対し、隣に座っている大野は腕を組んだまま動かない。
そしてしばらく経った後、大野が口を切った。

「・・・・お前は何を考えてる?」
「選手達を助けたいと・・・・」
「ならあの時何故あんな事を言った、選手達を侮辱するようなことを・・・・!」

右手を強く握り締め低く、しかし憤りを言葉に込め、大野は睨みつけるように高木を見る。
やっぱり信用されてないか、と思いつつ高木は続けた。

「だってしょうがないじゃないですか。見張りついてたんですし。」
「だからといって!」
「落ち着け大野!」
「・・・・・お前に選手達を侮辱できる権利などない!」

激昂し今にも高木に殴りかかりそうな大野を何とか中畑が押しとどめる。
相変わらずの無表情でそれを見つめた後、高木はスーツの懐に手を入れ、掴んだものを大野達の座っているベッドに投げた。
息巻く大野も焦る中畑もそれを見た瞬間、うっと呻いた。
シャンデリアの明かりによって照らされたそれは―――紛れもなく拳銃としか言いようのないものだった。

「そんなに僕が信じられないんだったらそれで撃ってください。僕を。」

僕だってそれなりの決意を持ってあなた方に話したつもりですよ、と高木が続ける。

「どうせこれが終わった後には僕らも口封じで殺されると思いますよ。
そんなことで死ぬぐらいなら少しぐらい足掻いてから死んだほうが僕はマシです。
だから最初に聞いたんですよ。今死ぬか、後で死ぬかって。」
「だからってそんな・・・。」
「選手達を救うぐらいなら、僕は自分の命だって軽い。だから中畑さん、大野さん、選んでください。」

今死ぬか、後で死ぬかを―――
中畑は口をつぐんだままうつむいた。
大野はベッドの上の拳銃を手に取るとグリップを左手で握り締めた。

『選手達を救うぐらいなら、僕は自分の命だって軽い。』
高木がさっき放った言葉は大野自身が決意していたことと一緒だった。
しかしどうだ?今ここまで何もやっていないじゃないか。
選手達を助けようと策を考えていても、それは机上の空論でしかない。
実際に行動に移さなければ、ただの傍観者でしかない。
行動に移そうと持ちかける高木はその点においては何もしていない自分よりもはるかに上だ。
しかし―――

「・・・・高木。」
「はい?」

名前を呼び、高木が大野の方へ向き直った瞬間、大野は高木の額に銃口を突きつけた。

「大野!」

中畑が左腕を引こうとするのを目で制すると、大野は大きく息を吸った。
生まれて初めて銃を持ったにも関わらず、体に震えを感じなかった。

「・・・・やっぱり信用なりませんか僕が。」
「そうだな。」
「結構人望あると思ったんですけどねー。」

険しい表情で銃口を突きつける大野と、それでもなおヘラヘラと笑っている高木。
この二者のコントラストの違いを見つめながら、中畑は黙り込むしか出来なかった。
さて、と大野が呟いた。

「最後に何か言うことは?」
「最後ねぇ・・・・ま、皮肉なものとだけ言っときましょうか。」

人を助けようとする人が、人を殺すなんてタチの悪いジョークですよね。ホント。
高木はそう言い切ると顔に薄く笑みを浮かべたまま、目を閉じた。
大野の人差し指が引き金にかかる、中畑は見ていられず強く瞼を閉じ耳を抑えた。
そして銃声が部屋の隅々に響いた。


中畑はそれから数秒後に恐る恐るながら目を開けた。
バタバタと廊下から慌しい足音が聞こえる。
突如部屋の中から銃声が聞こえ入ろうとしたが、三人が逃げないように部屋の鍵を閉めていたのが仇になっているようだ。
それを遠くで聞きながら、中畑は息を呑んだ。

「・・・・まだお前を信用した訳じゃない。」
「あなたはそれぐらいで上等ですよ。」

さっきと変わらぬ表情の二人が目の前にいた。
中畑は嬉しいやら何やら分からない表情を浮かべ、一言よかったと呟く。
そんな中畑を一瞥すると高木は『それじゃ武器を取りに行きましょうか。』と切り出した。

「武器なんかあるのか?」
「選手に一つずつ渡すぐらいですから余裕持たせてるに決まってるじゃないですか。」

ガチャガチャとせわしい音を立てる扉を見据えながら、大野から拳銃を受け取ると高木は椅子から立ち上がる。
もうすぐ始まる出来事について考えを巡らせながら、大野はもう一度あの言葉を心の中で繰り返した。

「じゃ、僕らなりに頑張りましょうか。」


二つ目の戦いの火蓋が落とされた瞬間だった。




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