114.花火と鬼ごっこ --------------------



「有人…」
そっと谷はつぶやく。村松の死を告げる放送。あてもなく歩いていた矢先の事であった。
外様である自分を認めてもらおうと彼なりに懸命だったのは分かっていた。
(あいつが死んだと放送された瞬間…)
綺麗な花火が脳裏に浮かんだ。ホークスの勝利の時の花火よりもずっと綺麗な花火。
「お前は…言ってたな。球場に優勝の花火を挙げたいって。分かってたんだよ…
お前は優勝することで、チームの一員と認めてもらおうとしてたって。」
だからあえて気がつかないフリをした。優勝したその時にこそ認めようと。
それを当人が望むなら…そのためにも何としても一度でいい、優勝しようと。
「けど…お前は死んだ。なあ…死んだってことは…お前も正気が何か分からないままだったということだよな。」
分からないから正気の在り処であろう元の世界に戻る事なく死んだ。
「俺はそうならない。俺は帰る…」
正気である元の世界に戻る。戻るにはゲームを壊すしかなく、
それが仲間を犠牲にするという事ならば…それが正気ということだろう。
「仲間と助けあったり、傷つけるな何だと非難するのが『狂気』なんだろ?有人…お前の死んだこのゲームでの論理ってやつは。」
もう迷いはない。自分は元の世界に戻ることを望む正気であるのだから。
「戻ったらお前の分まで盛大な花火を球場で挙げてやる。」
谷はさらにバットを強く握りしめる。そんな時に前方に人影が見えた。
「岩隈…か。」
足を抱え込み、夢だ、夢だとぶつぶつつぶやき瞳を閉じる岩隈。
こんなにも近くに来たというのに気がつく様子さえなかった。
(お前はもう…どうせ元に戻れないし、正気をなくしたままだ。)
谷は何の躊躇いも無くバットを振りかざす。
(こいつは…その正気がある世界への第一歩だ。)
そのための第一歩だと岩隈めがけてバットを振り下ろす。
「!」
嫌な気配を感じた岩隈は、本能的に目を見開き、体を左にずらす。
同時にガツンという地面を叩き付ける激しい衝撃音が響いた。
「…た、谷さんっ…」
目を開くなり岩隈は叫ぶ。一体何が起きたのか。
あと数秒気がつくのが遅かったら頭をかち割られていただろう。
「…外した、か。アスリートの本能に感謝するんだな。」
表情一つ変えずに見下ろす谷。震えてうずくまる岩隈を発見し、
何の躊躇いもない自分をアッサリと受け入れる事ができた。
自分に正気の在り処を気がつかせてくれた岩隈。まず最初に殺めるに相応しい。
「谷…さん?」
まさか谷は自分を殺そうとしたのか。目覚める事のない悪夢に岩隈は絶句する。
谷は眉一つ動かさずに再びバットを振りかざす。
「ひっ…」
たまらず岩隈は立ち上がると、新たに沸いてきた悪夢から逃げるように駆け出す。
「やめてくれっ…誰か、誰か早くっ…」
起こしてくれ。目を覚まさせてくれ。ウージーを手に逃げる岩隈。
「まだ夢の中か?お前もそうとう狂気だな。」
大層な武器があるというのに、使う事さえ考えず、夢だなんだと逃げる岩隈。
彼は発砲することは無いだろう。谷は無表情のまま岩隈を追いかける。
「嫌だ…もう嫌だっ…」
金属バットを振りかざす谷に追われる自分。今、まさに悪夢は最高潮であった。
「なんで、なんで目が覚めないんだよっ…」
普通、ここまできたら目が覚めるはずなのに。
恐怖か絶望か分からない涙を流しながら逃げる岩隈を、ただ谷はバットを掲げ追う。
「鬼ごっこなんて久しぶりだな…」
小学生以来だろうかと思わず谷は苦笑する。岩隈は金属バットを振りかざす鬼から逃げるのに必死なのだ。
そう考えると歪んだ愉快さが込み上げてくる。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ、か…」
手を鳴らすかわりに夢だ、誰か、誰かとつぶやく岩隈をひたすら追いかける。

不気味に金属バットを照らす月明かりの下、陰惨な鬼ごっこが始まるのであった。

【谷佳知(10)・岩隈久志(20)E-3】




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