113.誤差と花火 --------------------
「村松さぁん!」
相川亮二はその声で我に戻った。
部屋中に広がる嗚咽の声が耳に届き、改めてこれが現実であることを思い知らされた。
目の前には泣きながら叫ぶ石井と―――つい先ほどまで生きていた村松の骸がある。
ああ、と相川は思った。
泣くんじゃねぇよ、泣くなよ、泣くなって。
それでも頭の中に広がる熱さは相川の考えを無視した。
ぼろぼろと流れるそれを止めることは出来ず、何度も何度も目を拭った。
十数分前、相川と石井そして村松は現在いる住宅の一室に辿り着いた。
そして村松を石井が出した布団に寝かせると、相川は探し出した救急箱を使い村松の治療を始めた。
目を背けたいほどの出血量に二人は思わず顔をしかめる。
しかし何とか血を拭い、傷口を消毒すると上からガーゼと包帯を巻いた。その直後だった。
星野による定時放送が始まり、二人は我が耳を疑った。
目の前で眠っている村松が―――死亡者として放送されたことに。
石井は嘘だと小さく呟いた。相川は慌てて禁止エリアを確認した。
そしてまた冬の静寂が部屋に戻ると、相川は村松の首に指を当て脈を取ろうとした。
しかし普段ならしっかりとリズムを刻んでいるはずのそれが全く指先に伝わらない。
冷たく冷え切った村松の首に何度も相川は指を当てた。何度も。
石井はしばらくその光景をぼんやりと見つめていた。
そしてふっと村松が横たわっている布団に顔を埋めると、『村松さん』と小さく呻くように呟いた。
「村松さん・・・・・村松さん、村松さん、村松さん・・・・村松さん・・・」
しばらく相川は後ろの壁にすがったまま、肩を震わせる石井と眠るように死んでいる村松の二人を見比べた。
そして、冒頭に戻ることとなる。
「何で、何で、何ですか!?」
がくがくと石井が村松の肩を揺らす、しかし当然のごとく返事は返ってこない。
「何で死んじゃうんですか!何で!村松さん死なないでください!」
バカかお前は、そんな考えが頭を巡る。
バカかお前は、村松さんはな、もう脈がないんだよ。死んでるんだよ、死なないでくれとかバカか。
それを声に出そうとしても、体中に広がる虚無感と脱力した唇が邪魔をする。
ひりひりと痛む喉も、まばたきのし過ぎで痛む瞼も、自分の体のすべてが邪魔をする。
相川はひとしきり顔を拭うと、開けておいた手元のペットボトルを一気にあおり、むせた。
そして大きく息を吐くとまだ脱力感の残る手で石井の頭に向かってバスタオルを投げた。
「・・・・泣けるだけ、泣いとけ。」
まだ人の死で泣けるだけ正常だ。とりあえずは。
もう一度壁にすがり、自分の手を見た。
―――俺はあの時、村松さんに声を掛けるべきじゃなかったんだろうか。
目を閉じ、いったん落ち着いた頭から記憶を引っ張り出して考える。
村松さんは確かに俺たち二人に向かって『逃げろ!』と叫んだ。
その後、福留の視線をこちらから外すように岩場に隠れて、それから―――。
あの時、俺たちは村松さんから言われた通り逃げればよかったのか?
逃げて、逃げて、そして?
村松さんは俺たちを逃がそうとして、福留と戦う決意をした。はずだきっと。
じゃなきゃこんなに死ぬまで刺されたりなんか・・・・なんか?
はっと相川は気付き、目を開けた。
石井が泣き続けている姿、そして村松の腹に巻かれた包帯が目に入る。
村松さんは刺された。
その傷からきっと血が足らなくなって死んだんだ。
じゃあその傷の原因は誰だ?俺じゃないか?
俺が、村松さんの名前を呼んで、振り返ったときに、福留は、村松さんを、刺して。
俺が、あの時、声を掛けなかったら、村松さんは、刺されなかった。
相川は目の前が歪んだ。さっきとは違う頭の中の歪みが目に見えて表れた。
俺が、村松さんを?
俺が、・・・・
目の前が歪む、頭の中がくらくらする。
俺が、村松さんを、
「・・・・・俺が、」
バスタオルで顔を覆っていた石井はその声を耳にし、相川を見た。
そして相川の目から光が薄れていることに愕然とした。
「・・・・あ、いかわさん?」
「俺が、俺が、俺が、村松さんを、」
「相川さん・・・・?」
「俺が、村松さんを・・・・」
「相川さんっ!!」
村松が伏せている布団をはさんで、向かい側に座っていた石井は立ち上がり相川の隣へ移動した。
「相川さん!しっかりしてください!相川さん!」
肩を掴み、前後に揺らす。
ごつごつと何度も相川の後頭部に砂壁が当たる。
「・・・・あっいてっ!!」
何回か後頭部が壁に当たり、ようやく相川は痛さにうめいた。
「痛てーだろこのバカ!」
「あっ、良かったー!!」
石井の喜びように首を傾げる相川。
相川はそれどころかさっきまで何を考えていたのかも思い出せなかった。
「ったく何だよ。」
「だって相川さんなんかちょっと雰囲気おかしかったから・・・」
「は?雰囲気?」
でも良かったー、と続ける石井に再び相川は首を傾げつつ、ポケットから地図を引っ張り出した。
「・・・・んなことより、お前村松さんの言ったこと覚えてるよな。」
それを広げながら、相川が尋ねると石井は静かに頷いた。
遺言。移動中に相川と石井が村松から伝えられたこと。
家族に対した言葉と、『花火』。
「俺、花火が何なのか知りたいんだよ。花火が村松さんにとって重要なことだって分かったから。」
だから、と相川は続けた。
その瞳にさっきまでの闇は全く感じられない。
「―――谷さんに会いに行こうと思う。谷さんなら村松さんとチームメイトだし、多分最低でも手がかりは掴めると思うし。」
「え?」
「あ、いや別に俺の思いつきだから別に・・・・。」
石井は少し考えた。それこそコンマ1秒ほど。
「・・・俺もついていきます。俺も花火って何だと思いますしね。」
「・・・・ありがとよ。」
相川はそう感謝の言葉を述べると、眠り続ける村松の手を取った。
まるで冬に降る雪のように冷たくなってしまった村松を見つめながら、相川は低く静かに口を動かした。
「村松さん。絶対あなたの言葉伝えます。だから見守っててください。」
そして布団の中に村松の手を戻すと、治療するときに脱がせたユニフォームをたたみ、自分の鞄の中に入れた。
石井はその相川の一連の行動を見ながら、改めて良かったと感じた。
こんなにも信頼できる人と行動できるのが、嬉しかった。
「さてと。そうと決まれば谷さん探さないとな。」
「探すって目星ついてるんですか?」
「・・・・ついてる訳ないだろ。」
お前バカか?と言いながら、相川は村松のユニフォームが汚れないように鞄の底に入れようと荷物を出していた。
「えぇーっ、マジっすか?ここ広いっすよ?」
「そんなこと言ってもなぁ・・・・・ん?」
指先に触れる硬い感覚に驚き、相川は慌てて懐中電灯で鞄の中を照らす。
石井は突然の相川の行為に自分も鞄を覗き込んだ。
「何だこれ・・・・」
「・・・・そういえば・・・」
相川がその硬い感覚の物を取り出す間に、石井は自分の鞄の中をかき回し、それを見つける。
そして二人は静かにそれの袋を開けると入っていた紙を読み上げた。
「・・・・『ノートパソコンUSBコード付き』?」
「・・・・『風呂掃除セット』?」
二人の懐中電灯がそれぞれ互いの困惑した表情を映し出していた。
【相川亮二(59) 石井弘寿(61) A−3】
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