112.殺戮の時間まで --------------------



「…あ、あった!ここが診療所ですよ!」
診療所の門を懐中電灯で照らして確認した松坂の声が、無音の空間に広がった。
「…何や…大した物置いてなさそやな…島の診療所じゃ、しょうがあらへんか…。」
上原も懐中電灯で診療所を照らす。古臭い風貌のそれに、落胆の色は隠せなかった。
「でも、何だっていきなり診療所に行こうなんて言い出したんですか?」
「…今後に備えて医療品持っとくのも悪くは無いやろ?何が起きるかわからへんしな…爆発とか。」
「あ!俺が手榴弾投げたの、怒ってるんでしょう!?」
非常識な――あの状況で常識も非常識も無いが――攻撃に、非常識な反撃を返した松坂。
目の前で手榴弾の威力を見せ付けられた上原は愕然とした。
あんな物を持っている人間に鎌でどうやって立ち向かえというのか。真正面から挑んだら到底勝ち目は無い。
(…どうする?いざって時には相打ち覚悟で投げつけてくるかもしれん…チャンスを待たんと…。)
「俺、相手を殺すつもりで投げたんじゃないですよ!?あくまで逃げる為で…。」
上原が全く別の事を考えている事を知らずに、松坂は必死に弁解する。
「…大輔、ちょっと静かにした方がええんとちゃう?中に誰か、おるかも知れんし…。」
上原が五月蝿そうに両耳を掌で覆う仕草をする。無音の中で放たれる声はなおさら耳に響いた。
地図にも記載されている診療所。同じ目的を持つ者が既に足を踏み入れていてもおかしくない。
「こっちに敵意が無い事を示しておけば、相手も攻撃してこないんじゃないですか?」
「それは相手がゲームに乗ってなければ、の話やろ?もしやる気のある奴が中にいたらどうする?
 もう2人も死んどんねんぞ。可能性は低くない。俺らに気づいて待ち伏せしてたらどうする?」

自分ならそうする、と付け加えたかったが上原は堪えた。疑わしい発言は禁物。
狙撃の時にはつい助けてしまったが、それで松坂の信頼を得る事ができたようだ。
殺すチャンスを見つけるまでは、最大限利用してやろう。それまでは極力「弱い人間」を演じなければ。
「…そうですね。軽率でした。気をつけます。」
松坂が反省の色を見せながら慎重に診療所に入ろうと戸を開いた、その時

「お前ら、そこを動くな。」

戸を開くなり険しい声と共に、二人の顔が光に照らされる。
光を発しているのは、廊下の先にいる二人と同じユニフォームを着た人間の持つ懐中電灯。
「小林さん…!?」
上原の小さな舌打ちは、松坂の驚きの声に掻き消される。
「待ってください!俺達ゲームに乗ってないです!誰かを殺すつもりなんてありません!」
(俺達、か……。)
ここで、乗ってないのはお前だけや、と突っ込みを入れたらどれ程滑稽な顔をしてくれるだろう?
絶望か怒りか、はたまた恐怖か。上原は内心込み上げる意地の悪い笑いを堪える。今はそれどころではない。
「松坂と…上原か。お前らの武器は何だ?」
小林の声は落ち着いていた。だが、話をはぐらかす事ができる雰囲気ではない。
(…この人…ゲームに、乗っとる?)
無表情。冷静な口調。これだけでゲームに乗っていると判断するのは無理矢理な気もするが、
焦りもなければ恐怖も感じられない小林の態度は、そう判断してもいいかもしれない。
小林の武器は銃?刃物?爆弾?上原は言葉を発する事を忘れて思考を巡らせた。

「俺は、手榴弾です!」

松坂が短い沈黙を打ち破る。純粋な返答を返した松坂に、アホか、と上原は心の中で毒づく。
「さっきの爆音はお前か…それで誰かを殺したのか?」
「違います!何処かからか狙撃されて…」
「…狙撃?」
小林の眉が微かにつりあがる。
「音がしなかったから、距離は掴めなかったけど…この集落の中で。」
小林は少し考えこんだ後、松坂の後ろで自分を見据えている上原に目を向けた。
「…上原、お前の武器は?」
「人に聞く前に、自分の…。」
「上原さんの武器は鎌です!」
上原の言葉を遮断するように松坂が上原の武器を告げた。
「アホ!何でお前が言うねん!!」
先に相手の武器知っておかんと危ないやろ!と苦い顔で上原が松坂の頭を思い切りはたく。
流石に上原の方の言い分が正しく、松坂はごめんなさい、と上原に平謝りする。
そのあまりにも間抜けな光景に小林は笑みを堪えきれず小さく笑った。
「まあ立ち話もなんだな…とりあえず、上がれよ。」
警戒心が解けたのか小林は二人を手招くと、奥の方へと歩いていった。
二人がその後についていくと、思い出したように小林が呟いた。
「ああ、怪我人が寝てるからなるべく静かにしてくれ。」
「怪我人…?」
「清水が森で肩を撃たれてな。今そこの部屋の診療台で寝てる。命に別状は無さそうだが…。」
「誰にですか…?」
「分からん。合流した時には既に撃たれていたから、俺より前に上陸した奴だろうが…。」
「あ、だから俺らの武器確認したんですか?」
松坂の問いに小林は小さく頷く。
(武器に恵まれた奴はええな…銃なんて遠近両用の万能アイテムやん…。)
上原はふと、支給される武器の優劣の差を考えた。手榴弾や銃に比べるとどうしても鎌は見劣りする。
だが、もしここで松坂と自分のどちらかが銃を所持していたら。間違いなく疑われただろう。
疑いは確固たる証拠が無ければ晴らす事ができない。最悪の場合、交戦していたかもしれない。
(ま、鎌でも人は殺せるし…銃や手榴弾みたく使い減りせぇへんし…)
「…原さん?聞いてますか?」
突然呼びかけられた事に驚き、慌てて顔を上げる。
「あ、ごめん、聞いてなかった。何や?」
「上原さん…疲れてるんじゃないですか?少し休んだ方が…。」
単に考え込んでいただけで疲れている訳ではない。慌てて否定しようとするが、
「ああ、お前らも交代で休んだらどうだ?俺達も三時間交代で睡眠を取る事にしてるんだ。」
(……交代?)
小林の言葉に、上原は素早く反応した。

じゃあ、小林さん寝たらナオが起きるって事やよな?でも、ナオは怪我しとる訳で。
向こうに敵意はない。それに一応仲良くさせてもらっとるし警戒もせぇへんやろ。
しかも、俺が起きた時には…。
「じゃあ…上原さん先に寝ますか?俺はまだ大丈夫ですから。」
そうや、大輔。お前は寝る。小林さんも寝る。ナオは怪我しとる。皆隙だらけや。

(…殺せる……これは一度に三人殺せるチャンスや!)

「そう?そう言われると、何や急に眠気が…。」
上原は不自然にならない程度に小さく欠伸をする。
「島に降りてから心休まる時なんてなかったから…仲間が増えて安心したんじゃないですか?」
その言葉に上原の表情が一瞬歪むが、すぐに表情をいつもの人懐こい笑顔に戻した。
「…じゃ、悪いけど先に寝るわ。三時間経ったら起こして。」
「分かりました。」
何の疑問も持たない明るい返事を背に、上原は清水が寝ている部屋とは別の部屋に入った。
押入れから埃臭い布団と毛布を見つけると、乱暴に取り出して床に敷いて毛布に包まり寝転がる。

…大輔の奴、いきなり何言い出しとんねん……安心?安心なんてしてへん。
したとすれば、それは小林さんがやる気になってなかった事に対してやろ。
仲間ができて安心するなんてありえへん。俺は一人や。仲間なんていらん。
楽して寝られる事には感謝させてもらうけどな。それとこれとは話が別や。

ここは屋内。大輔の手榴弾は使えへん。銃じゃ音がなる。武器が刃物で良かった。
ああ、後の二人の武器はまだ分からんけど向こうから攻撃してくる事はないと見ていいやろ。
頃合を見図るんや。上手くいけば三人殺せる。一気に敵を減らせる、絶好の機会。

(…早く、三時間経たへんかな…)

上原は込み上げてくる期待感に胸を躍らせながら、浅い眠りについた。


【上原浩治(19) 松坂大輔(18) 小林雅英(30) G−4】




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