111.生きる覚悟 --------------------



真っ暗な診療室。懐中電灯に照らされた中での作業は思いのほか手こずった。
「…と、これで少しは楽になっただろ。」
清水の左肩にしっかりと包帯を巻きつけて、小林はようやく一息つく事ができた。
診療所にあった消毒液とガーゼと包帯を駆使した、自分が出来る限りの簡単な応急処置。
弾が貫通していたのは有り難かった。弾を体から取り出す技術など持ち合わせていない。
「……ありがと、雅やん。」
右手で持っていた懐中電灯を机の上に置き、清水はユニフォームを着込みながら小さく礼を言う。
穏やかな声に比べ、清水の表情はどうしようもなく暗かった。
診療所の前で小笠原と別れた時から暗かったそれは、放送を聴いてから更に影を増す。
「…安藤や村松さんの事は気にするな。俺達がどうこうできる事じゃなかった。」

船で死んでいた中村の死と、島に降り立ってから死んだらしき二人の死。
どうする事もできない。いつの間にか死んでいた二人の死に心を痛める必要は無い。
小笠原も。もし死んでもそれは彼が定めた道の結末であり、自分達は関係ない。
自分達は彼らの死には全く関係ないのだ。小林はそう割り切っていた。

だが、目の前の清水はそれができない。ただ暗い顔で彼らの死を背負い込む。

「…でも、もし死ぬ前に俺達が彼らに会ってたら…死ななくて済んだかも知れない…。
 …誰だって…本当は死にたくないはずだから…誰も殺したくないはずだから…。」
何処までも続く後悔のスパイラル。その螺旋の先に絶望しかないのは誰の目から見ても明らか。
抜け出そうと思えば抜け出せるそれに、清水の良心はずっと縛られている。
無意味な罪悪感に苛まれる彼を救えるような言葉を小林は持ち合わせてはいなかった。

「…ナオ、少し休め。睡眠を取った方が良い。船にいた時からずっと起きっ放しだろ?」
小林は近くに置いてあった毛布を掴み、清水に差し出す。
「…それは雅やんもやろ?先に寝てええよ。」
「俺は、怪我をしている仲間をさしおいて先に休むような酷い人間にはなりたくない。」
「……分かった。」
清水は椅子から立ち上がって毛布を受取った後、部屋の隅に置かれている診療台に体を横たわらせる。
「3時間後に起こす。その後で俺が3時間寝る。交代で睡眠を取ろう。」
小林の言葉にわかった、とだけ答え、清水は毛布に身を包みゆっくりと目を閉じた。
こんな状況で簡単に眠りにつけるのは、よほど小林の事を信頼しているからだろう。
殺し殺される状況でも崩れない信頼関係を小林は誇りに思った。
どす黒い感情に飲み込まれたこのゲームの中で、それは唯一信じられるものでもあった。

(…生きよう。俺達は生きてマリーンズに戻るんだ。)
死ぬ覚悟なんてしない。出来るはずが無い。する必要もないのだから。
チームの為にもこんな所で死ぬ訳にはいかない。彼も、自分も。
(俺達がするべき覚悟は、生きる覚悟だ。何としてでも生きて帰る。あのチームの中に……)

「…あ、あった!ここが診療所ですよ!」

小林の決意は、診療所の外から聞こえる声に遮られた。


【清水直行(11) 小林雅英(30) G−4】




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