110.蜘蛛の糸を捜せ --------------------



きらびやかな部屋を重苦しい空気が占領している。
その中で備え付けの椅子とベッドにそれぞれ腰掛けている二人は会話もしなければ、視線を合わすこともなかった。


椅子に座っている男、中畑清は考えていた。
自分がどれだけ無力であるかと、選手達の安否について。

―――あんなにいいチームだったじゃないか、殺し合いなんかする訳ない・・・・。
そう信じようとしていたが、船内にも流れた星野の放送により揺らいだ。
選手が3人も死んでいる。
何故3人――うち1人は『ゲーム』が始まる前にだったが――死んでいるのか。

―――もしかしたら、どこかの崖で足を滑らせた『事故死』かも知れない。
―――もしかしたら、人生に悲観して『自殺』したのかも知れない。
―――もしかしたら、・・・・

中畑は腕を組んで、視線を落とした。


ベッドに座っている男、大野豊は考えていた。
自分に何が出来るかと、選手達を助けるためにはということについて。

―――あの男達のように、選手を見殺したりになんか出来るはずがない。
しかし、時間は過ぎていく。
そして犠牲者が増えていく、『ゲーム』が進行していく、選手達が1人を残して死んでいく。
そこまで考えて、はっと我に戻り頭にこびりつく思考を払う。

―――こんな状況下でも希望を失わず、信じあえる仲間と共に行動している選手が必ずいるはずだ。
―――それならばその選手の為に俺に出来ることは、何だ?
―――その答えは出ている、だがそれが証明できない。

大野は額に手を当てて、考え続けた。


もう誰も死なないでくれ。
中畑はそう願う。
選手達を救わねば。
大野はそう思索する。
だが無慈悲にも時間は過ぎていく。




赤星は自宅でスパイクを磨いていた。
まだ履き始めたばかりのそれは、家中ある他のそれと比べればまだまだ新しい。
しかし、いつかは履き潰してしまう。
チームの『夢』の為、自分の『夢』の為、そして自分が背負った『夢』を『現実』へと運ぶ為に。
セントラルリーグ制覇の為、日本一になる為、5年連続で盗塁王になる為、
そして自分の足に勇気を見つけてくれた人達へ夢を贈る為―――。
もくもくと手を動かし、スパイクを磨いていた。

その時、携帯電話から静かなメロディが流れ出し、赤星は充電器から携帯電話を取った。
液晶画面を見ると番号は書いてあるが、名前が表示されていない。
壁にかけた時計を見上げると、8時を少し過ぎていた。

「はい、もしもし。」
『あ、赤星さんですか!お久しぶりです、廣瀬です!』
「廣瀬、元気にしてたか。」

その電話主はシドニー五輪で同じ外野手だった廣瀬純。
そういえば沖原との電話後、すぐ廣瀬に電話したが留守でメッセージを入れてたな。
赤星はそう思い出しながら、足の上に置いたスパイクを鞄の中に入れた。
しばらく近況報告と昔話で盛り上がったが、ふと赤星が切り出す。

「お前、五輪会の招待状見た?」
『いや実物は見てないんすけど、さっき杉内君からも電話があって、色々おかしいなって言うのは聞きました。』
「よなぁ、俺らの頃は全競技だったもんなぁ。」

フローリングの床の上に寝転がり、クッションを手繰り寄せる。
それを頭の下に移動させながら、赤星は考えていた。

―――何で野球だけ?誰が?何の為に?何故?他の競技者がいると何か問題・・・・でもあるようなことをするんだろうか。

『それに豪華客船なんでしょ?世界最大とか杉内君言ってましたけど。』
「船なぁ・・・・あの頃に比べたら五輪協会も金持ちになったんやな。」
『どーなんすかねぇ、わざわざ野球だけの為に超豪華客船用意するなんて考えられないですよねぇ。』
「メダルも銅やったしなぁ・・・・。」

その瞬間、赤星は頭の中でどこかの糸と糸が繋がったような感覚を覚えた。
しかしあくまで一瞬の為、またすぐに思考の糸くずの中に紛れ込んでしまった。

『あ、そういえば明日どうしましょうか僕。』
「ん?あぁせやな、横浜に来てもらいたいんやけど・・・・まぁ無理やったらまたそん時連絡してね。」
『了解でーす。あ、それと赤星さん。』
「何?」
『俺んとこの試合で走らないでください。』
「ハハハハハハ、無茶言うなや。俺の命なんやけ。今年もバンバン走ったるでー。」
『そんな〜。』

溜息をつく廣瀬に短く別れの言葉を告げて、赤星は終話ボタンを押した。
そしてふと、外がやけに明るいことに気付き、カーテンを開けて空を見上げた。
赤星の視線の先には、暗闇を照らす月が堂々と輝いている。
・・・・・明日に備えて早よ寝よーかな。
月を数秒眺めた後、赤星はいそいそと風呂場へ向かった。
窓辺に残されたあの日の写真に、柔らかな月の光が降り注いでいたことも知らずに。




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