107.カウントダウンは始まっている --------------------



夜だ。
太陽は水平線の向こう側へ完全に姿を消した、月や星は見上げても厚い雲に覆われている。
夜だ、静かな夜だ。
懐中電灯を取り出す訳でもなく、ただその影は歩き続けていた。
背中を少し曲げ、ぼんやりと5m先を見つめながら歩いていた。

軽く息をつき、近くの木にもたれて座る。
ふと顔を上げると二つの道が一緒になっているのが見えた。
道があるってことは誰か来るかも知れない。
ぱたぱたとユニフォームについた土を払いながら立ち上がった。
もう少し先に行ってみようか。
目の前の闇を見つめ、歩き始めて5歩目ほどの時だった。

遠くに雑音が聞こえ、その内聞き馴染みのあるピアノの音色がその影の足を止めた。

「・・・・・音楽?」

もう一度さっきと同じような行動を取る。
風でざわめく木の葉の音に負けないぐらいの声が耳に届いた。

『お前ら元気にしてるか?放送の時間や。』

聞き覚えのある声、誰だったかな。
こめかみに親指を当て、頭の中をフル回転させようとしたところで止まった。

『まずは死亡者からやな。死んだ順に行くぞー。
5番中村紀洋ー、16番安藤優也ー、いじょ・・・・』

ばっと顔を上げる。
顔に枯れた葉が飛んでこようとも感覚が無かった。
そしてゆっくり顔を下げ、左手を口元に近付ける。
その顔は不自然なほどに青褪め、眼は遠くにあった。

「・・・・夢だ・・・夢だから・・・夢だ・・・」

何度も夢だと呟きながら足を抱え込む。
かきあげるように髪に指を絡ませ、呟き続ける。
夢だ夢だと自分に言い聞かせる言葉に隠れて、残りの放送は淡々と進んでいった。
ひょいと顔を出した月が照らし出した背番号20は、自分の頭の中から湧き出る記憶と声の渦に巻き込まれつつあった。

リターンアドレスの無い白い招待状
――まだ逃げるつもりか。
バックミラーにかけたイーグルスのキーホルダー
――逃げるしか無い。
「うるさい・・・」

真新しい船内案内用プレート
――まだ夢だと思ってるのか。
少し膨れた紙袋
――だって現に今・・・。
「うるさい!」

今までの記憶が岩隈の頭の中を早送りで進んでいく。
招待状を開いた瞬間から始まり、船の中での出来事が次々と浮かんでは消えていく。
その中で脳裏にこびりついて離れないのは中村の死体の記憶。
いくら頭を振ろうが消えない、今までそれを忘れる事で保ってきた岩隈のバランスがどんどん崩れていく。
嫌だイヤだいやだ僕が何したって言うんだ

「っく・・・・・」

吐き気がして思わず口を覆う。
しかし普段のこみ上げてくるような熱は無く、ただ気持ち悪さだけが岩隈の体中に広がる。
岩隈は左手で抑えた口から、『誰か』と小さく呟いた。

誰か早く起こして、目を覚まさせて。こんな現実ある訳ない。

足を抱え込んだまま、だらりと首を下げて岩隈は祈るように目を閉じる。
その時願うことに精一杯になるあまり、一つの足音が自分に近付いている事さえ気付くことは出来なかった。
月が再び姿を隠していた事にも、気付く事は無かった。


【岩隈久志(20) E−4】




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