106.猿とシマウマ --------------------



藤本が落ちた――金子お手製の――落とし穴の近くの茂みで、二人はその放送を聞いた。

「安藤が…死んだ……?」
穏やかな音楽と共に流れてきた星野の言葉に、藤本はただ立ち尽くすしかなかった。
「村松さんも含めて、これで3人か……。」
金子は近くの木の下に座り込み、懐中電灯で照らした地図に書き込んだ禁止エリアを確認しながら呟く。
殺されるのも嫌だが、首輪が爆発して死ぬのも嫌だ。禁止エリアには用心せねばならない。
顔を上げてうっすらと滲む冷たい汗を拭うと、じっと自分を見る藤本と目が合った。
「…どうした?俺の顔に何かついてるか?」
「…恐ろしく普通の顔してますね。この状況でそんな顔できるの、多分金子さん位やと思いますよ。」
藤本の言う恐ろしく普通の顔、とはどんな顔の事を言っているのか金子には分からなかった。
ただ、藤本が何を言いたいのかはわかった。
安藤や村松が死んだのに普通の顔をしている自分が気に入らないのだ。
だが普通を装っているつもりは全く無い。なのに何故そんな事を言われるのか。僅かに眉がつりあがる。
(…こう見えても、かなりショックなんだがな…それとも何か?俺に泣き崩れて欲しいのか?)
思わず聞き返したくなったが、面倒臭い事になりそうな気がしてやめた。
「…俺さ、あんまり感情と表情が一致しないんだよ。そのせいで誤解される事も多くてさ。
 よく、やる気を出せ!ってファンから言われる。試合中はいつも真剣なんだけどな、俺。」
金子は乾いた笑みを浮かべる。だが藤本から言葉が返ってくる様子は無い。
「…ところで、今どんな状況なんだ?ちょっと探知機見せてくれ。」
藤本が無言で持っていた探知機を差し出すと、金子は短く礼を言って受取る。

赤い点は18個。大きな集落に半分ほど集中し、残りは各地に点在している。
数時間前から数発の発砲音が響いていた向こう側の森には2つ。近くの海岸に1つ。灯台に一つ。
右側の集落の近くに一つ。その近くには、61の数字。61…石井弘寿は誰かと組んでいる。
とりあえずこいつらに敵意は無さそうだ。会ってみる価値はある。情報収集位はできるだろう。
もしかしたら小笠原さんが何処にいるか分かるかも知れない。
金子の探知機を持つ手に力が篭る。今はとにかく、頼れる誰かを見つけたい。
藤本に相談してみるか、と顔を上げると藤本は今にも泣き出しそうな顔で俯いていた。
今の藤本はチームメイトの安藤が死んで感情の起伏が激しくなっているかもしれない。
今は言葉をかけない方がいいか、金子はそう判断して画面に視線を戻す。
(…俺もお前みたいになれたら、やる気出せ!とは言われないんだろうな…。)
仲間が死んだとはいえ他人の前でここまで表情を崩せる藤本が、少し羨ましく思えた。


藤本は立ち尽くしたまま、ただ草が茂っている地面を呆然と見据えていた。
それで何かが変わる訳でもなかったが、他に何を見る気にもなれなかった。
(……安藤、お前…マジで死んだんか?)
そういえば、数時間前に大きい方の集落の中で赤い点が一つ、消えたのを見た。
星野は今しがた村松が死んだと言った。だとしたら、あの時消えた点は村松ではない。
中村は船の中で死んでいた。とすれば、あの集落で消えた点の該当者は一人しかいない。
(何でや…?何でそんな、人が集まりそうな所に行ったんや…?)
喉が弱い安藤の事だ。野宿で喉を痛めるのが嫌で、真っ先に集落に向かったのかも知れない。
もしかしたら、加湿器を探していたのかも知れない。必需品だといつも言っていたから。
もしくは閉じ篭っていればそのうち誰かが助けに来てくれるかも知れないと思ったのかもしれない。
(…だとしたら、助けに行くべきだったのは、同じチームの俺やったんかな?)
メンバーは――言い方は悪いが――数ヶ月で作成した寄せ集めの即興チーム。
皆、仲が良い訳ではない。信頼できる人間は、それぞれ限られている。
安藤にとって同じチームである藤本は、その限られた数少ない人間だったのかも知れない。
(俺は…まず真っ先に安藤探すべきやったんかな……?)
島に着いた当初は、とにかく自分の事で精一杯で、安藤の事を考える余裕など無かった。
探せば、安藤は死ななかったのかもしれない。今となってはそれはもう分からない。
仲間を助ける事が出来なかった事に対する罪悪感と後悔の念が、藤本の目から涙を溢れさせる。
(…どうすれば良かったんやろ、俺…。)
このゲームは、セーブもロードもない。当然リセットもない。もう、取り返しはつかない。

「……ん?」

重い沈黙を破る金子の声が、藤本を現実に引き戻した。
「何か、画面の線がさっき見た時より薄いような…?」
「…あ…ずっと点けっぱなしやったんで、電池が切れてきたんかも…。」
少しでも意識を安藤の死から逸らそうと、金子の呟きに答える。
「…おいおい、少しは考えろよ?今は15分に一回見る位で十分だろ。」
「…あの、一応…」
藤本は、鞄に入れっぱなしだった予備電池の存在を思い出し、肩に掛けた鞄を開く。
「…ったく、使えねぇなぁ…。」
金子の小さな舌打ちに藤本の手が、止まる。
(何や?その言い方…。)
お互いゲームに乗る気が無くて、とにかく仲間がいた方が心強い。だから行動を共にしている。
仲間に対してその言い方はおかしい。使えないなんて、手駒や部下に対して言う言葉で――
そこまで考えると、藤本はある結論に辿り着いた。
(…ああ、そうや。この人、俺の事利用しとるつもりなんや。)

「…藤本、お前今何か言おうとしてなかったか?」
「……いえ。何も。」

俺が死んでも、この人は涙一つ流してくれんやろな。
まあ同じチームメイトの小笠原さんとかやったら別なんやろうけど。
でも俺は小笠原さん死んでも涙一つ流さへんやろうなぁ。
この人にとって安藤が他人であるように、俺にとってあの人は他人やもん。
そして俺もこの人も他人や。他人が一緒に行動する理由なんて、一つしかあらへん。

(利用価値があると判断したからや。)

藤本は取り出した予備電池を、金子に気づかれないように自分のポケットに滑り込ませた。
(…そうや。これは命がかかっとるんや。油断できへん。いつ裏切られるかも分からへん。)
信用はできても、信頼はできない。
いつ裏切られても逃げられるように用心しなくてはいけない。
いっそ、金子が眠りについた時を見計って逃げ出してしまおうか?藤本は考えた。
逃げ出した所で、何処に行くあても無く島中を逃げ惑うだけなのだろうが。
(いや、一応行くあてはある…数時間前に消えたあの点を確認せんと…
 あれが安藤なら…遺体、そのまま放置されとるんやろうし…せめて、埋葬位は……。)
金子が探知機の電源を切る前に見えた島の全体図。大きな集落に集中した赤い点。
あの中に飛び込むのは自殺行為なるかもしれない。だが安藤の死体を放っては置けない。

(…猿かて馬鹿やない…仲間に対して結構情も持っとんねんぞ…!シマウマは知らんけど…。)

藤本は涙を拭うと、しっかりとした顔つきで金子を見据えた。
「金子さん…後で大きい集落の方に行ってみませんか?護身用に武器とかも見つけないと…。」
「お前、今あそこにどれだけ人が集まってると思って…」
金子の面倒臭そうな態度に、藤本はすぐ様フォローを入れる。
「もちろん、人が少なくなってからですよ。少なければ探知機で避ける事も簡単ですし。」
「……まあ、考えておく。」
数秒考えた金子はそれだけ言うと探知機を藤本に差し出し、鞄からペットボトルを取り出す。
藤本は探知機を受取ると、勢い良く水を飲む金子の姿をぼんやりと見据えた。
後で上手くはぐらかされるかもしれない。しかしこれはうやむやにされていい事ではない。

(…寝る前に結論出さないようなら、俺はあんたを置いて集落行きます。)

生きてる他人より死んだ仲間を優先させて、何が悪い。

藤本はポケットに滑り込ませた電池を力一杯握り締めた。


【金子誠(8)・藤本敦士(25) G−2】




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