105.裏切り者は二度笑う --------------------



薄気味悪いなぁ・・・ここ・・・。
もうすっかり日も暮れようかという時間帯にようやく岩瀬は目標であった灯台に辿りついた。

思い起こせば、鞄の中の武器を確認したあの時からもう随分経ってるんだな。
ここまで来る間に、誰かに見つかりかけて、逃げ込んだ森の中で誰かが凄い勢いで走る音が聞こえて。
ようやく安心できる場所に来れたよ、と岩瀬は白い灯台を見上げながら考えていた。

「さて、中に・・・・・」

入ろうかと一歩足を踏み出したその時だった。
突如キーンと耳をふさぎたくなるような不快で高い機械音が大音量で岩瀬の頭を貫く。
思わず顔をしかめ、両手で両耳を塞いでしゃがみこむ。
な、何なんだ一体。
ぱっと空を見上げると、今度は聞き覚えのあるような無いようなクラシック音楽が雑音と共に流れ出した。
岩瀬はしばらく考え、それが『エリーゼのために』だという事を思い出した。

『お前ら元気にしてるか?放送の時間や。』

その『エリーゼのために』が半分以上流れた後、音量が下がり、代わりに星野の声が顔を出した。
あ、もうそんな時間なんだ。と呟き、岩瀬は地面に座り込んだ。

『まずは死亡者からやな。死んだ順に行くぞー。』

もう死んだ奴がいるのか。
ごそごそとホルダーとボールペンと地図と名簿を鞄から出しながら、その言葉が頭に浮かんだ。
そして名簿をホルダーの上に乗せ、地面の上に置く。

『5番中村紀洋ー、16番安藤優也ー、いじょ・・・・』

星野の言葉が妙な場所で途切れ、岩瀬は顔を上げた。
耳をすませてよく聞いてみると遠くに話し声がしている。
何か船の方であったのかー、とぼんやり思っていると再び声が聞こえ始めた。
潮の香りが鼻をくすぐる。

『・・えーっとどこまでか・・そうそう、16番安藤優也。それで今しがた村松・・・23番の村松有人が死んだ。
やからこの6時間で3人死んだ事になるな。人数少ない割にはようやっとるやないか。』

中村さんと、安藤と、村松さん・・・っと。
名簿のそれぞれの名前の上にバツ印をつける。
なーんかあれだなぁ、みんなやる気あるんだな。
もしかして俺の出る幕無くないか・・・・、そう考えながら名簿と地図を入れ替える。
すこし砂にまみれた地図は岩瀬の方向音痴さがよく分かる代物だった。

『それじゃあ次ー。禁止エリアの情報行くぞー。今から1時間後にEの4ー』

Eの・・・・・Eの・・・・4・・あった。
『1/19』と乱雑に大きく書き込んだ。
それを見た岩瀬は、湖行きにくくなるんだな・・・・、と今まで通りいささか的外れな思考を繰り広げていた。

『2時間後にHの1、3時間後にFの7。』

『1/20』『1/21』と各ブロックに数字が書き込まれていく。

『で4時間後にGの3、5時間後にBの4や。次の放送と同時にDの6が禁止エリアになるぞ。
禁止エリアは以上・・・・・まぁ、もう一回言ったるからちゃんと聞いとけやー。』
「Gの3と・・・Bの4、Dの6っと。」

最後にDの6ブロックの枠の中に『1/24』と書き込むとボールペンをノックして、ペン先を中に引っ込めた。
星野がもう一度禁止エリアを告げるのを聞きながら、指をさして確認する。
うん、間違え無いな。
地図をホルダーの中に入れ、名簿を鞄の側面のポケットに入れる。
ボールペンはユニフォームのズボンのポケットに差し込んだ。

『残り21人やな。この調子やと・・・・単純計算で40時間後・・・3日目の朝の10時か!』

星野の楽しげな言葉に思わず苦笑いが顔中に広がった。
―――星野さんは楽しんでるんだなぁ。そんなに面白いならこっち来ればいいのに。
何の皮肉もなく、岩瀬はそう純粋に考えていた。

『まぁゆっくりじっくり殺しあっとけ。でも最後に死んだ奴から24時間以内に誰も死なんかったら全員バーンで死ぬからな。
それじゃあまた6時間後の真夜中12時に放送や。』

ぶつっと鈍い音がして、再び島に静寂が戻る。
さてとと立ち上がり、岩瀬は気を取り直して灯台内に入る事にした。
大きく息を吸い、大きく吐く。
そして勢いよく扉のノブを掴んで、右に回し引いて扉を開ける。
何年も使われていないのが分かるほど、扉は重く動きも悪かった。
ひょこっと顔を入れると少し埃の匂いが強いものの、
それ以外には何てことないコンクリート打ちっぱなしの地面と冷たそうな鉄の螺旋階段が見える。
恐る恐る足を踏み入れ、ドアを静かに閉めると懐中電灯を鞄から取り出しスイッチを入れた。
暖かい黄色とオレンジ色のちょうど中間色ぐらいの光は周りの暗さを更に引き立てる。
しかし岩瀬はその暗さよりも螺旋階段の高さにげんなりしていた。
ぐるぐると頭の上を回る階段を見ながら、『登んなきゃいいけどな・・・・・』と考えている時だった。

『ゴラァ岩瀬ぇっ!』
「はははははいっ!?」

しまった無線!
岩瀬は他の誰も見ていないのにもかかわらず、扉から見えないよう自分の体で隠しながら無線を急いで取り出した。
無線を利き手の右手に、懐中電灯を利き腕の左手に持ち直す。

「な、何ですか?」
『・・・・・お前、船の時の威勢はどこ行った。』
「イセイ?何ですかそれ。」
『・・・・・まぁいい。本題に入るぞ。』

イセイって何だ・・・・と岩瀬が正しい熟語を頭で探している間にも時は過ぎる。

『武器の隠し場所だがな、階段がそこにあるやろ。』
「・・・上るんですかぁ?」
『・・・・・やけに嫌そうやな。嫌やったら別にええんぞ。』

いえいえ滅相もない、と慌てて言う。
もう一度階段を見上げると岩瀬は深く溜息をついた。

『上りきったところに海照らす照明がある。それの土台に分かりにくいと思うが鍵穴がついとるんや。まずは上がれ。』
「はーい・・・・・。」

そこまで星野が告げると無線が再び沈黙を宿す。
溜息をつきながらも階段を上り始めた。
下見るな、下見るなよ俺。
自分にそう言い聞かせながら、一段一段重い足取りで上っている。

カンカンカンカン
規則正しいリズムで階段を上る。
手すりを持ち、滑り落ちないように転げ落ちないように細心の注意を払いながらリズムを重ねていく。

そして何とか上へ辿りつく。
何度かちらりと見たコンクリートの地面は黒く染め上がっていた。
あぁ怖かったと思いながらも、岩瀬の体は自然と照明へ向かう。
自分が昔見た灯台のそれとは違い、この島にぴったりとも言える小規模なものがそこにあった。

「んで・・・・どうだっけ?」

かぎあなかぎあな〜とのんきに音程の外れた鼻歌を口ずさみながら、しゃがみこみ照明の土台に懐中電灯の光を当てる。
少し古びた横長なそれは静かに焦げ茶色をしていた。
ぐるりと周りを一周しかけて、目が階段から見て左側の土台の面にきらりと光を反射させるものを捕らえた。

ここか。
しゃがみこんだまま一歩前に出て、鍵穴らしきものを探す。
すると左上に職場にありそうな机の鍵のようなくすんだ銀色をした小さい鍵穴を見つけた。
あー、これが本当の灯台下暗し。と考えながら無線を床に置き、右のポケットに入れておいた鍵を取り出す。
こういう時両利きって便利だよな。
右手に懐中電灯、左手に小さな鍵を持ち鍵穴を照らしながら差し込む。
3回失敗して、ようやく入れるとがちゃりと右に回す。
手ごたえがあり、岩瀬は鍵を引き抜いた。

いよいよ武器とご対面か。
座り込み、ゆっくりと扉を引く。

「おぉ・・・・・。」

扉を開けきるとそこには黒い塊があった。
それを懐中電灯で照らす前にその塊の一番上を手に取る。
厚い雲に覆われていた月がひょこっと顔を出し、懐中電灯無しでも手元がよく見えた。
岩瀬の左手の中には一振りの日本刀。

「刀じゃん、うわー俺初めて持ったよー。」

子供のように声をあげながら、すっと鞘から刀身を抜き出す。
白い月光に反射して、その刀文が揺れているように感じた。
うっとりとした目つきで岩瀬は刀を右手に持ち直し、じっくりと上から下まで見つめている。
感想を口に出す事でさえもためらわれるその威厳。
遠くに細波の寄せては帰す音を聞きながら、岩瀬は自分の体の底から噴き上げてくるような欲望にそっと手を触れた。


―――これで、人が殺したい。


しばらく岩瀬は白く鈍く輝く一振りの刀から目を離せられなかった。
そこから岩瀬の心を現実に戻らせたのは、他でもないこの刀を手に入れる原因となった星野の声だった。

『岩瀬。そろそろ武器を見たか?』

無言のまま左手に無線を握る。

「・・・・・凄いっすねぇ・・・・。」
『ん?・・・・あぁマシンガンに狙撃用の銃なんでも・・・・』
「凄い・・・・楽しそう・・・・・」
『・・・・・楽しそう?』

予想外の言葉に星野も思わず聞き返す。
しかし岩瀬はお構い無しに続けた。

「くじ運いいっすね・・・・綺麗だ・・・・」

思わず頬ずりしそうになって止める。
無線はノイズ以外何も伝えない。
やがて月は再び雲に隠れ、光を地上に届かせなくなった。
後ろ髪を引かれそうな思いながらも、鞘に刀を戻す。
たった数分の出来事であったが、それでも岩瀬の心奪うのには充分だった。

「俺、決めましたよ。」
『・・・何をだ。』

適当に土台の中の袋に入っている武器を何個か鞄の中に無造作に入れると扉と鍵を閉め、
岩瀬は刀を左手に握り立ち上がった。
そしてベルトとズボンの間に左手のそれを差し込み、
鞘についた紐を適当に落ちないように巻きつけて固結びをする。
空いた左手に無線を、右手に懐中電灯を入れると随分と重くなった鞄を右肩にかけ、階段を降り始めた。

「このゲーム楽しみます。」
『また力強い言葉だな。』
「だって・・・・・。」

先ほどまでは恐怖の対象であった地上がやけに好ましく思える。
それもこれもこれのおかげかな、と岩瀬は左半身に身につけた刀を見た。

「だって、人殺しても罪にならないんでしょう?」

左手の中のそれは再びノイズだけを耳に伝える。
しかし岩瀬はうきうきとした口調で先ほどと同じように続けた。

「あ、人を殺したら自分が死ぬ覚悟しなきゃいけないのは分かってますよ?
でも何かこうドキドキしちゃって、やっぱり何かあれですよね、落ち着かないって言うか何と言うか、もう本当にね・・・・。
あ。星野さんにもありませんでした?思いっきり選手の頭にボール投げたいなーとか、そんな感じなんですよ。
普通そんなことしたら乱闘で真っ先に殴られるからやらないんですけどね、
やっぱり死球でもちょっとスカってするじゃないですか、しません?
とにかくとにかく、凄く今は今は・・・・・」
『落ち着かんか。』
「あ、すいません。」

カンカンカンカンカン
さっきと同じようなリズムで、しかしさっきとは違い軽快に岩瀬は階段を降りる。
もう少しだ、もう少しで・・・・。
岩瀬は口元にうっすらと笑みを浮かべていた。

『ところで岩瀬。』
「はい?」
『俺との約束を忘れた訳じゃないだろうな?』

二段飛ばしで階段を下りきる。
あぁその事ですか、と言いながら岩瀬は扉のノブを回し外に出た。
空を見上げれば、今にも強い雨が降ってきそうなほど大きな積乱雲が見えた。
降ったら移動辛いだろうなー、と考えながら灯台にもたれかかる。
星野は岩瀬の返答を待っていた。
無線を口元まで近づけ、岩瀬はその無言の催促に答える。


「・・・・・星野さんが俺を利用するなら、俺は星野さんを利用させてもらいますよ。」
『・・・・そうか。』



その後、岩瀬は目標の選手を聞き出すと返事もそぞろに無線を鞄の奥底へ仕舞い込んだ。
今度は邪魔されないように、今度あの人と話す時はまず・・・・。
ゆっくり左手で刀柄をなぞる。

「・・・・・さーて、刀あんまうまく使えないからなぁ・・・・・先に殺しちゃった方が斬るのは楽だよなぁ・・・・・」

目指すはHの4、目標に向かってレッツゴーだ。
のんきに音程の取れていない鼻歌を歌いながら、岩瀬は歩き始めた。
自らの求めるものを探して。

「あー、楽しみだなぁ・・・・・。」

やっぱり勘って、当たるもんだ。
ふと岩瀬は白い招待状のことを思い出した。


【岩瀬仁紀(13) A−1】




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