104.解放 --------------------



「お前ら、何しとんねん!」
懐中電灯で照らした先に見えた光景に宮本は叫んだ。
追おうとするも一人はあっという間に退散し、一人はぐったりとしたままだ。
「…!和田!」
ぐったりと地面に倒れているのは和田であり、思わず由伸は駆け寄った。
「……」
首に残るくっきりとした鬱血の跡…青い顔で倒れている和田は気道閉鎖による窒息状態であり、
由伸はまず顎を掴み、口の中を調べる。
「血の固まりとかの異物は無いようだな…」
そうつぶやくと、空気を通す気道を確保すべく、和田の顎先を持ち上げるようにして頭を後に逸らさせる。
「これで…大丈夫かな?」
微かに息をし始める和田を見ながら、由伸は安堵のため息をつく。
「…どんな馬鹿だって信用してない選手に首を絞められる程接近しませんよ。
…よっぽど信頼している相手だったんでしょうね。」
そんな相手に首を絞められ殺されそうになった…由伸は小さく首を振る。
「そらそうやろな。…捕手を信用せん投手なんてそうおらんやろ。」
ほんの一瞬、照らした背番号を思いだし、宮本は苦々しそうにつぶやいた。
「!それって…そんなことが…あっていいのかよ…」
やるせないように、由伸が悲痛なため息を漏らした時であった。
「…う…」
呻き声と共に和田の身体が微かに動いた。
「大丈夫か?」
「…!」
気がついた和田は、恐怖で目を見開くと思いきり暴れ、押しのけようとする。
「う、うわああっ…!」
「落ち着け!いてっ…暴れるなって!」
「く、来るなっ…助けっ…うっ…ごほっ…」
恐怖と絶望のため、半狂乱で叫ぶ和田であったが、
息を吹き返した直後に暴れたせいか、たまらずむせかえり、激しく咳き込む。

「…だから暴れるなって言ったのに。」
呆れた声を出す由伸であったが、それでもあやうく殺されそうになったのだ。
とても平常心など保てるわけがない、と瞳を曇らせる。
「ジョーさんがっ…ジョーさんが…嘘だ…ごほっ…うそ…だ…」
ヒューヒューと気管の音を立てながら、和田はかろうじてつぶやくと
再び激しく咳き込んだ。
「な…んで…俺はそんなに…悪い?ジョーさんに…」
やはり城島であったか…悲痛に眉をひそめる由伸の横で、和田は震える。
先ほどの城島の手の感覚…思いだしただけでも恐怖、絶望、悲痛が沸き上がり、
その顔を蒼白にさせるが、やがて全ての力が抜けきったようにため息をつく。
「俺は…ジョーさんに殺されそうになった俺は…
本当は凄い悪人なんでしょうね。自分じゃそう思わなかったけど…」
今までの混乱が嘘のように静かになり、和田は淡々とつぶやく。
城島に殺されそうになったという現実は、和田から混乱するという気力さえも奪ってしまうほどであり、
まさに無気力そのものの瞳であった。
「そんな俺は生きる資格も無いんでしょうね…だからもう…その銃で俺を…」
由伸の手に握られたS&WM19コンバットマグナム、ベルトに括り付けられた
頑丈な革袋に詰った補充用弾丸をただ和田はぼんやりと見つめる。
「なあ…」
言いかけた宮本であったが、由伸に手で制されると、口をつぐむ。
そしてここは由伸に任せよう、と傍観を決め込むように木にもたれる。
「きっと俺はどうしようもない悪人だから…ジョーさんに突き放されて…
ずっと一人で…怯え続けて、逃げて…ジョーさんに殺されそうになった…」
和田はただ虚ろな視線と声色で言葉を続ける。
「俺なんかもう…ここで…死ぬべきなんです。どうせ誰もいやしない。もう…疲れました。」
自分自身に翻弄されることにもう疲れた…和田は静かに目を閉じる。
由伸は暫し悲痛な視線を送っていたが、やがて小さくため息をつく。

「…あのな、どんな奴にだって誰かしら側に居るもんなんだ。
それを見ようとしなきゃ…ずっと誰も居ないままだと思う。」
そんな由伸の言葉に和田は弾かれたように目をぱっと見開くが、大きく首を振る。
「だって…だって俺は…」
「俺は信じてた。必ず誰か居るって。だから宮本さんと会えたと思っている。」
「…じゃあ俺には誰がいるというんです?誰か居るんですか?」
ぶっきらぼうに、それでいて恐る恐る口にする和田に由伸は静かな視線を送る。
「それを決めるのはお前だ。お前が俺達をそう認識するなら…そうなる。」
「俺が…決める…?俺は…」
色々な感情があふれ出すのを抑えるように、和田は膝を抱えると、顔をうずめる。
「…俺、何の武器も無いし、すぐにパニくるし…何の役にもたちませんよ…」
「そんなの分かってる。」
膝に顔を埋めたままの和田は、小さく首を振る。
「いいんですか…?俺、あんたを殺そうとした…それでもいいんですか?」
「だから…俺らがどうとかじゃない。お前が決めるんだ。」
その言葉はボロボロにされた心に染み入るもので、和田は何度も頷く。
「俺は…もう一度…誰かを信じたい…誰かに受け入れてもらいたい…」
抑えていた感情はあふれ出し、嗚咽混じりに和田はつぶやく。
「決まりだな。」
安堵するように由伸は笑うと、その肩をぽんと叩いた。
「ありがとう…ございます…」
膝に顔を埋めたまま、嗚咽混じりに礼を言う和田は、今、やっと救いようの無い絶望から解放されたのだろう。
「一件落着、か。」
木にもたれる宮本は、苦笑混じりにつぶやくと、
時が止まったかのように静かな森の中をゆっくりと見渡すのであった。

【宮本慎也(6)・和田毅(21)・高橋由伸(24) D-2】




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