102.面倒嫌いを動かすもの --------------------



すっかり暗くなった森の中、城島はしばらく森を彷徨う和田の様子を観察していた。
足早に歩いていたかと思えば、突然立ち止まったり。フラフラとした足取りになったり。
それの繰り返しで、何をどうする様子も無い。恐らく、これ以上の観察は時間の無駄だろう。
(…そろそろ接触するか。)
城島は鞄から懐中電灯を取り出し、和田が光に気づかないようにスイッチを入れる。
「…和田!」
呼びかけると同時に和田に光を向けると、和田は咄嗟に銃を構え、怯えた目で城島を凝視する。
焦燥に駆られた表情から、和田が平常心で無い事が容易に見て取れた。
「城島、さん…。」
銃を構える手も、足も、歯も。哀れな位に震えている。試し撃ち前の笑顔が、嘘のようだ。
(…もう弾はないはずだけどな…。)
だが、それはあくまで城島の憶測にしか過ぎない。万が一がある。事は慎重に進めなければ。
「…ケリは?つけれたのか?」
いつもと同じ声を心がけて呼びかけると、和田はしばらくの沈黙の後、首を小さく左右に振った。
(…やっぱりなぁ。いっつも詰めが甘いんだよ、お前は。)
城島は込み上げてくる嘲笑を抑え、まずは警戒を解こうと、持っていた鞄を開く。
「…お前、喉渇いてないか?」
「……喉…?」
訝しげに城島の態度を見据える和田の目にはまだ、疑いの感情が宿っている。
当然だろう。一度自分を突き放した人間が掌を変えた様に態度を変えれば、疑わない方がおかしい。
「そう。喉。ほら、お前、鞄忘れて行っただろ。」
そう言って水の入ったペットボトルを取り出し、和田の方に差し出す。
だが和田は城島に近づこうとしない。まだ警戒している。だが、明らかに戸惑っている。
「…どうして…?だって、城島さん、ゲームに…。」
戸惑いを隠そうともしない和田に、一段と明るく言い掛ける。
「お前が試し撃ちなんて馬鹿な真似するから、怒っただけだ。
 この状況でうかつな行動されたらこっちが困るんだ。
 一人になって、それがよく分かっただろ?じゃ、そろそろ移動するぞ。」
「…俺の事…待ってたんですか?」
和田は銃を降ろし、一歩、一歩、ゆっくり近づいてくる。
「当然だろ?捕手は投手を一人にするな、って教えられてんだよ。」
城島がそう言うと、和田はようやく笑顔を取り戻し、ボトルを受取ろうと手を伸ばすが――――


「…お前、本当に馬鹿だな。」

無防備にペットボトルを受取ろうとする和田の足を、城島は思い切り蹴りつけた。
和田が体勢を崩しそのまま地面に伏せるや否や、城島は和田に乗りかかり、首を締め付ける。

「………なぁ、どうしてこんな状況で人を頼ろうとするんだ?」
「ジョ……さ………」
必死でもがくも、息が出来ない。手に力が入らず、城島の手を引き離す事ができない。
城島は更に自分の体重をかけて、和田の喉を圧迫していく。
「俺はもう、自分の事しか考えてないんだよ。その位分かれよ。」
自分の事しか。城島の脳裏に様々な人間が浮かんでは消えていく。

(……あの人も。あの人も。あの人も。皆、自分の事しか考えてなかったな…。)

城島が尊敬し、憧れ、信頼した彼らは様々な理由をつけてチームを去っていった。
だが結局それは彼らがチームよりもファンよりも、自分自身を優先させた結果だった。
ファンの引きとめも、チームメイトの引きとめも無意味なのだ。結局は、自分自身なのだ。
自分は、自分。他人は、他人でしかないのだと。彼らが去っていく度に、思い知らされた。

「……和田、チームメイトのよしみで俺が引導渡してやるから、迷わず成仏……」
城島が言い切る前に、和田の抵抗が止んだ。同時に、城島の締め付けていた手も止まる。
和田は意識を失ったのは明らかだった。もしかしたら、死んだのかもしれない。
(…それでも、息を吹き返すかも知れない。確実に、殺す。)
城島は改めて両手に力を込めて、和田の喉を圧迫しようとした、その時――

「お前ら、何しとんねん!」

聞き覚えのある声と共に、懐中電灯の光が二人を照らした。
城島はすぐさま手を離して和田の銃を拾い、鞄を背負って森の奥へと走る。


森を抜け、砂浜に出る。相手が追ってきてはいない事を確認し、一息ついた。
(顔、見られたか…?)
光に照らされた時間は僅か。顔を見られていないにしても、背番号でバレた可能性もある。
(…和田も仕留めそこなったかもしれないな……俺も詰めが甘いな…。)
生きていようが死んでいようが、和田には恨まれるだろう。
もう二度とバッテリーも組む事も無いだろう。ここでも。あの世でも。
(殺したくて殺すんじゃねぇんだけどなぁ…。)
そんな言い訳、殺される側に通用するはずがないか、と城島は自嘲する。
(…人を殺すのってやっぱり、かなり面倒臭いんだな…。)
首を絞めた生々しい感触が、まだ手に残っている。どうしようもなく嫌な感覚。
それは恐らく、誰の首を絞めても感じる物だろう。人を殺す、感覚。
人はこの感覚から逃れようと、銃を発明したんじゃないか?と顔をしかめるが、
和田から奪った銃の残弾数を確認すると、それは苦笑いへと変わった。
鞄に入れておいた予備銃弾の箱から銃弾を5つ取り出し、銃に込める。

本当に殺したい相手など、この島にはいない。
海の向こうで華美にライトアップされた豪華客船の中にいる。
暗い海原の中で存在を強調しているその豪華客船に、激しい怒りが込み上げる。

(…うぜぇんだよ、あんた達。)

城島は豪華客船に向けて一発、届くはずのない弾を放った。


【城島健司(9)・和田毅(21) D−2】




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