101.野球小僧とリアリスト --------------------



「あー、野球やりたいっ!」
松坂は肩をぐるぐる回して、上原を見た。
「こんなん、ホントやってらんないっすよねぇ!?」
「……そうやね」
上原は、あまりテンションが高いとはいえない声でぼそりと返す。
「どうしたんすか? 上原さん、元気ないすっよ」
「この状況で元気一杯なお前の方がどうか思うで。俺ら殺し合いに放りこまれてるんやで?」
「ネガティブだなぁ。殺し合いなんかそう簡単に起こりませんて! 俺が絶対阻止してみせます!」
拳を握りしめて力説する松坂に、上原は呆れた視線を向けた。
「せやかて、お前さっき銃声聞いたて言うてたやないか」
それに、さきほど聞いた話では、松坂は学校の放送機材を使ってゲーム阻止を呼びかけるつもりだったという。
アテが外れたばかりだというのに、何故かやる気満々でいる松坂のテンションは正直うっとおしい。

こいつ、アホなんとちゃうかな。

当の松坂は拾った棒切れでバッティングの真似をしながら道に続く垣根の葉を散らしたりしている。
手入れされないまま放置されたツバキの垣根は、枝が伸び放題で歩くのに邪魔なくらいだった。
しかし、いくら今は無人の集落とはいえ、近所のワルガキそのままの行動はプロ野球選手としては褒められたものではない。
「お前、ピッチャーのくせにほんまバッティング好きやね」
上原は内心の呆れ具合をオブラートに包んで発言したが、松坂にそのあたりの機微は通じない。
「好きっすよ。パは投手打てないから物足りないけど、今年は交流戦があるから楽しみです! 俺、絶対ホームラン打ちますよ!」
「ほー。打てるもんなら打ってみい。絶対無理やけどな。セリーグは甘かないで」
「あ、言いましたね。そんならおたくから打ちますよ!」
「あほ。ジャイアンツなめんなや。無理無理」
だいいちお前はここで死ぬんやから、と上原は心の中でつけ加えた。

残念やったな、お前は交流戦には出れへんよ。お前も由伸も出れへん。誰も出れへん。
皆ここで死ぬんやから。俺以外は全員死ぬんやから。
しかし、松坂はそんな上原の心も知らずに無邪気に憤慨している。
「うわー、アッタマきた。絶対上原さんから打ってみせますからね!」
「俺と当たるかわからんやん」
「うちは去年の日本一ですよ? エースぶつけてくるに決まってるじゃないすか」
「なんや、それ嫌味か? 過去の栄光にすがってると足元すくわれんで」
「すがってませんよ。今年も絶対日本一になりますから」
松坂はすまして言った。

それで? V2達成したらどうすんねん。
来年はメジャーか? ポスティングなんか簡単にできる思うてんのか?
そんなまわりくどいことせんでも、ここで他の奴ら皆殺しにすればメジャー行けるやん。
そっちの方が簡単で、確実やん。

上原には「ゲームを潰す」という松坂の思考が甘っちょろい能天気な考えにしか思えない。
本当に、全員で仲良くここを脱出などできるとでも思っているのだろうか。
すでに死人が出ているかもしれないのに?
すでに殺人者が出ているかもしれないのに?

だとしたら、やっぱり相当のアホやな。
俺の敵やない……。

上原がそこまで考えた時だった。
ふと、視界の隅でなにかが弾けた。ぱちっと小さな音がして、頬に何かが当たる。
「ん?」


上原は、何かが飛んできた方を見た。
安っぽい木でできた電信柱、ちょうど上原の目の高さに穴が開いていた。
そして、今その破片がとんで来たのだと知ると同時に、全身が粟立った。

「うわあ!」

上原は松坂を突き飛ばすようにして、垣根の影にすべり込む。
「った、なにすんで……!」
突き飛ばされた松坂が怒鳴りかけるのに、上原も怒鳴り返す。
「あほ! 狙撃や!」
言ってしまってから、しまったと思う。松坂を囮にすれば一石二鳥だったのに。

あー、くそ。チャンスやったのに。いきなりなんやもんな。

さすがの松坂も驚いて身を潜める。
その目の前、さっきまで自分達が歩いていた砂利敷きの道で、小石が小さく跳ね上がるのが見えた。
「うわ、マジかよ」
二人が垣根を突き破って逃げ込んだ先は、雑草が生え放題の広い庭だった。
建物の影に隠れるには、3メートルほど走らなければならない。
バリケードとしては頼りなさすぎる二人より背丈の低いツバキの植え込みだけが、今は彼らと狙撃者を隔てる唯一のものだった。
「早くあっちに隠れないとっ!」
「けど、どっから撃っとんかわからんし、背中見せたら狙い撃ちやで!」
言ってる間にも、もう一発。
上原の目の前でツバキの花の首が飛んだ。
「あかん、狙い正確になってきとるやん!」

そもそもなんで音がしないんだ!?
銃を撃ってるはずのに!!

しかし、焦る上原をよそに松坂が得意げに笑った。
「ダイジョーブ! 俺、手榴弾持ってます! これでそのへん吹っ飛ばして煙幕張りますからその間に逃げましょう!」
言うなりポケットから深緑の楕円形の物体を取り出し、腕を後ろに振りかぶる。
「いっすか!? いちにのさんで投げますからちゃんとスタート切ってくださいよ!」
「ちょ、待っ……」
しかし、松坂は上原の返事を待たずにカウントを始めた。

「いーち」

いきなり手榴弾て、なんやねん!

「にーい」

こいつそんな危ないモン持っとったんか!?

「さんっ!」

上原のとまどいにまったく構わず。
チンと澄んだ音を響かせて、松坂は手榴弾のピンを抜いた。


【松坂大輔(18)・上原浩治(19)G−4】




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