100.見つめる先は --------------------



『計画』は順調で?
高いとも低いとも言いがたい声が背後から聞こえ、星野仙一はデッキの手すりに腕を預け、島を見ていた。

「順調だな、高木よ。」

目を細めても白に二本の細いストライプが等間隔に入ったユニフォームは見えない。
薄暗いと言うには適さないほど日が落ちている中、白い砂浜を見つめる。
そして星野は手すりから腕を下ろすと、海に背を向け腕を組んだ。
思った通り、目の前にはアテネ五輪打撃コーチだった高木豊が立っていた。
人の良さそうな笑みを浮かべて。

「星野さんは誰が勝つと思いますか?」
「はっ、止せ。俺の考えが当たるようなゲームじゃない。」
「まぁ参考にでも聞かせてくださいよ、お菓子あげますから。」

お菓子?と高木の手元を見ると白い紙袋があった。
さっき見つけたんですよー、と言いながらごそごそと中を探る高木に思わず溜息が出る。
風に袋が揺れている。

「のんきな奴だなお前も・・・。」
「あ、何がいいですか?チョコ系ですか塩系ですか?」
「いい、菓子はあんまり食べない。」
「そうなんすか。いやぁ残念。」

笑ってそう言いながら胸ポケットからキャラメルの箱を取り出し、これ見よがしに食べる。
その一連の行動を見ながら星野はもう一度深く息を吐いた。
左手首にはめた時計を見るともうすぐ定刻放送だと告げていた。
くっと顔を上げ、島をもう一度見る。
灰色の雲が島の空を隠し、乗船しているプリンセス・ダイヤモンド・シーの上空をも覆いこんでいる。
ふっと口元だけで星野は笑った。

「なぁ高木。」

ひゃい?と間の抜けた返事をしたので、星野は半ばうんざりしながら振り返る。
高木がいつの間にやらスルメを食べている姿がそこにあった。
痛くなりそうなこめかみを押さえながらも口を開く。

「・・・・お前は一体何がしたい。」
「何が?ゲーム観戦して普通に家帰って普通の生活したいですね。」

必死にスルメを噛み切ろうとする高木が発した言葉をもう一度口の中で反復する。
ゲーム観戦して普通に家帰って普通の生活。

「笑わせるな高木。」

その言葉に高木の動きが止まる。
スーツの懐から星野はベレッタM92FSを取り出し、左目を閉じて高木の左胸に銃口を合わせた。
右手にスルメを持ったまま高木はただ星野の眼を見つめている。

「・・・・何か私が?」
「このゲームを知ったからにはただでは帰さん。・・・・・そのぐらい、お前でも分かる話だろう。」
「まぁそんなことだろうとは思ってましたけどねぇ。」

銃口を向けられてもなお、高木は普段通り少し間延びした声で話す。
バタバタと風にスーツが煽られ、叩きつけるような音が二人の間に響く。

「でも星野さん、今私を殺したって何のメリットも無いと思いますけどね。」

そういって高木は挑戦的な笑みを浮かべた。
それに答えるかのように、星野もくっと口を歪める。

「俺がいつお前を今殺すと言った?」

半ば楽しむような、半ば馬鹿にするような口調で星野は笑顔でそう答えた。
高木は星野の笑いに口を開きかけて閉じ、やがて怪訝そうな表情へと変化する。
小さく溜息をつき、やれやれといった様子で星野は懐に拳銃を戻した。
そしてもう一度腕を組み、視線を島に向ける。

「・・・・ずるくないですか星野さん。」
「何がだ。」
「なんかカマ掛けられみたいでショックですよ。」
「お前が早とちりしただけだ。」

何なんですかー、とさっきの表情を消し高木はまたスルメの頭を口の中に入れる。
その時吹いた強い突風が星野を一瞬だけ記憶の向こうに連れて行く。

「・・・・・・懐かしいねぇ。」
「は?」

星野は高木の疑問符に答えることなく、昔あった出来事を早送りで思い出していた。
強風は星野達以外にも襲い掛かっている。

―――『あの時』とよく似ている。
悪天候、無人島、そしてベレッタ。
そして・・・・

ここまで来ると運命を感じるな、と思いつつそっと微笑んだ。

「・・・・・高木、お前さっき誰が勝つか聞いたな。」

まだスルメ相手に格闘を続けている高木を見ずに星野は続けた。

「俺は岩瀬と上原だ。」
「岩瀬?また微妙なところ突きますね。」

上原は分かりますけどね、と言う高木をあざ笑う。
お前は分かっていない。

「・・・・高木、投手にとっての『エース』という称号はどのくらいの重さだと思う?」

せわしなく動いていた高木の口が止まった。
とんとんと手すりを指で叩きながら、星野は自慢するように話し続ける。
お前には分からんだろうな。野手には決して分からんもんだよ。

「そこまで前置きするんだったらよほど凄い重さなんでしょうね。」
「そうだな。ざっと37人だ。」

一瞬高木の目が見開かれる。
『エースになりたがった男』―――『あの男』を越せるものと言えば、今回はあの二人しか居るまい。
あの男と似た部分が多い岩瀬と、エースになりたがっている上原。
まぁ『あの男』は少々変わってはいたが・・・。
そんなぼんやりとした星野の考えを止めるがのごとく、高木がある名前を告げる。
それを聞いた星野は正解だ、と呟くように口にした。

「よく知っていたな。」

感心だ、といった様子で星野が高木を見る。
まぁ、と言い出し高木は何かを思い出しているのか少し沈黙した。

「・・・あの後不自然な点が多過ぎましたからね。」
「そうか。」

ざわめく波音と吹きすさぶ冬の風音は交じり合い、不協和音とも何とも言えぬ音を作り出している。
星野はその中で目を閉じ、首を曲げてうつむいた。

「高木。・・・・後二つ聞きたいことがある。」
「はい?」
「まず一つ目はお前の予想が聞きたい。」

瞼を開け顔を上げる。
相変わらず高木はスルメを口に入れたままだ。
うーと唸ると、口に入れたスルメが動く。

「さっきまでは城島、松坂、上原辺りだったんですけどねぇ。武器ファイル見て相川辺りもありかなと。」
「ほう。」
「けどやっぱり城島ですかねぇ。上原も捨てがたいですけど。」
「何故そう思う。」
「うー・・・・・・そうですね、総合的に見ていいですし、
捕手ですから頭も回るでしょうし。敵にしたら一番恐ろしいタイプですからかね〜。」

だからこそゲームに乗ってると信じたいですけど。
高木はそこまで言うとスルメを諦めたのか白い紙袋の中にあるスルメの袋に戻した。
なるほど、と小さく呟き星野は天を仰いだ。
今にも雨粒が落ちてきそうな空だと、改めて感じながら自分に言い聞かせるように星野は二つの台詞を口にした。

「もし城島がゲームに乗らず俺達に反抗するならアイツは悪だ。
でも城島がもしゲームに乗っているなら俺達には正義だ。」

本当は正義など無い。
あるのは主観的でしかない『正義』と『悪』だ。
島をじっと見つめつつ、その二つの台詞は喉の奥にせき止めることにした。
そして納得したように縦に首を振る高木を見て、星野は手すりから体を離す。
時計を見ると後10数分しか無い。
ふぅと息をつき、船室に戻りかけて高木をもう一度見た。

「後一つ質問だ。」

キャラメルの包装紙を剥いでいた高木はその声に顔を上げた。


「お前はどこまで『計画』のことを知っている?」

冷たい北風が二人の体に叩きつけられる。
高木はいつもの通り、小さな笑みを浮かべていた。


最後まで確認しろ。印刷終わりました。データ全部移動させたか。
いつ来ても慌しそうだ、と考えながら床全体に広がるコードに足を引っ掛けないように歩く。

「星野様、死亡者リストと禁止エリアをまとめた紙でございます。こちらを見られながら定刻放送を・・・・」
「わざわざすまんな。」

黒服の男は一枚の紙を星野に渡した後、忙しそうに大スクリーンの前へ行った。
豪華絢爛なシャンデリアには光が灯っているのを見上げながらソファーに座る。
革張りのソファーは適度に体を埋めた。
ん、と思い出したように懐に手を入れていた星野が声を出す。

「しまった、海に銃を落としたんだった。」
「ではすぐに取りに行きましょう。」
「あ、いや。そうだな・・・ベレッタじゃない奴にしてくれ。」
「・・・・かしこまりました。」

遠くなる足音と混ざる低い機械音を聞きながら星野は目を閉じる。
そしてしばらく何事か考えた後、目を開けると紙の内容を確認した。
ゲーム開始から6時間が経とうとしている。




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