02.闇の鳴動 --------------------
それは、闇。
光があれば、そこには闇がある。必ず、ある。
それがこの世の理。
2004年8月、アテネの地で日本代表は最も価値のない銅メダルを手にした。
初めてオールプロで闘った五輪。それは、最も過酷な五輪だった。
誰もが「必ず金メダルを獲る」と信じて疑わなかった。
だが、結果は格下とも思われる相手に負け、無惨にも3位。
予選であれほどの盛り上がりを見せた国民も、失望の溜息ともに野球そのものへの興味を失ってしまったようだ。
「だから奴らには無理だと言ったでしょう」
その暗闇の中、小柄な老人は長めの白髪を揺らしながら、嘲笑うように言う。
手元には切り子のグラスに、透明な酒が揺らめいている。
「だから金を遣うのは厭だったんですよ」
その老人の向かいに座る、もう一人の老人。眼鏡の奥でぎらりと瞳が光る。
それは獲物を狙う爬虫類のようでもあった。
「仕方ありませんね。成績が悪ければお仕置きがあるものです」
「無駄にした金も取り返せる、とびっきりのお仕置きですな」
どちらもの唇が釣り上がる。
その歪みは酷く醜悪なものであることに、二人は気付かない。
ただ闇の中で、低く笑いが零れるのみ。
「さあ、誰が生き残るのか。誰も生き残れないのか。
ゲームを愉しもうじゃありませんか」
「では、もう一度乾杯といきますかな」
繊細な音を立てて、二人の手元にあるグラスが合わせられた。
野球界に巣くう、二人の怪物の手で打ち鳴らされたその乾杯の音は、同時に、凄惨なゲームの幕開けでもあった。
そして、日本球界最大の闇が始まる。
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