01.幕間 --------------------



「オリンピック…か」

試合を終え帰宅した井端弘和【D6】は、煙草の煙とともに言葉を吐き出した。
自宅のリビングには大きなテレビが置かれ、その中では日の丸を背負った選手たちが赤茶けたグラウンドに立っている。
オールプロで望んだ予選、そして本選。
だが、それがどれだけのプレッシャーを選手たちに与えているのか。
そのことを、井端は嫌と言う程味わった。あの、札幌での予選で。
きっと遙か異国の地で闘っている彼らにも、目に見えない重圧は重く重くのし掛かっていることだろう。
「勝って当たり前」だなどとマスコミは煽り立てる。勝負事に「絶対」など有り得ないと、誰もが知っているはずなのに。
試合の合間に掛かってくるチームメイトからの電話の端々に、重圧への疲弊が表れている。
慣れない環境で、慣れないチームメイトで、過大な期待で、辛いのだろうと思う。

だが、同時に思う。
本来なら、自分もあの場所にいたのに、と。

あの予選を戦い抜いたのは自分だ。
確かにたった3試合ではあったが、それでもアテネへの切符を手にした時、自分はあのユニフォームを着ていたのだ。
ならば、決戦の地へいて当たり前ではないのか?と。

漠然とした夢だった。
けれど、それは確かに夢だった。
まだプロ野球選手になるとは思っていなかった学生時代。
社会人へ進んで、オリンピックへ行こうと思った。それが最高到達点だと思った。
だが、プロへ進んだことで、その憧れは現実になり得ないことだと諦めた。
自分の高みはプロの世界にあるのだと、そう思った。

けれど、思いもかけぬプロアマの歩み寄り。歴史的な雪解け。
プロであっても、国際大会に出場出来るようになった。日の丸をつけたユニフォームを着るようになった。
その雪解けの日から、その最初の大会からここまで、ずっと代表にいたのは自分なのだ。
社会人の選手たちとも一緒に、マスコミに注目されることも少なく、ファンの関心も低かった時から、闘ってきたのは自分なのだ。
それが、「1球団2名まで」という下らない枠に阻まれ、最後の舞台には辿り着けなかった。
行きたいとゴネてどうなるものでもないから、黙っていた。
福留と岩瀬なら、自分よりもチームの力になるのは分かっているから、笑顔で彼らを送り出した。
だが、どうしたって心の奥で燻るものがあるだろう?
逃げ出したくなるほどの緊張と重圧に、それでももう一度身を晒してみたいと思うのは、勝負師としての性だろう?
そうだろう?

「…それより、ペナントレース、ペナントレース」

身体の内側で熱く滾るものを抑え、井端は自分に言い聞かせるように呟く。
幸い、チームは春先の不調を乗り越えて首位を毒そうしている。
この8月さえ乗り切れば、目の前に優勝の文字が見えてくるはずだ。
手に入れることが出来なかったものを羨んでいる暇などない。
99年の時には味わうことの出来なかった、「自分の手で掴み取る優勝」を確かなものとする為に、明日も日本で野球をする。
ただ、それだけだ。
だが、それが大事だ。



予選に出場しながらもアテネへ行けなかった井端が幸運なのだと、この時には知るよしもなかった。
狂気のゲームが開催されるのは、まだ少し後のことであった。




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